ずっと前から気になりつつ、なかなか訪れる機会がなかった呉の名店に、ようやく足を踏み入れることができました。
辿り着いた其処は、生け垣に囲まれた白い壁の中央に重厚な木の扉。
窓がないので、店内の様子はまったく見えません。
一見すると民家のようですが、灯籠看板が点っているから営業しているみたい。
意を決して、扉を開けて、店内へ。
右手には壁一面が本棚になっているボックス席、左手には長いカウンター席。
そのカウンターの中から、小柄な和服のマダムが迎えてくれました。
ここ居酒屋「どん底」は、マダムと亡くなったご主人がお二人で昭和28年にオープン。
今年でちょうど60年になるんですね。
マダムのお話では、このカウンター、樹齢400年の欅の一枚板でできているそう。
カウンターに座った私の背後に並んでいる、鍵付きの木製戸棚。
これは、お客さんがキープしたボトルをしまっておく棚で、専用に設えたものだそうです。
80歳を過ぎているというマダムは足腰が悪いらしく、店内に掲げているメニューのすべてを提供することはできないと言われましたが、優しい笑顔でいろんな昔話を聞かせてくれ、それで十分、酒の肴になりました。
マダムの作ったおでんは、少し甘口で、呉出身の私には馴染みの味。
このあたりでは珍しい、殻付きの胡桃はセルフで。
マダムに、「どん底」という店名の由来を訊いてみると、小説家を志していた文学青年のご主人が、ゴーリキーの戯曲『どん底』から取ったという答えが。
それを象徴するかのようにボックス席の壁一面に並べられた蔵書は、ご主人が買い集めたもので、中には貴重な初版本も数多く存在しているようです。
歴史と粋を肌で感じられる落ち着いた雰囲気は、まるで博物館にいる時と同じ感覚。
カウンターに座ってお酒を飲んでいるだけなのに、不思議と振る舞いに品が出てくるような。
呉で飲む機会があれば、どこかで食事をしてから「どん底」へ立ち寄るのがおすすめ。
でも、マダムの負担にならないように、あまり遅い時間は避けたようがいいかもしれませんね。
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居酒屋 どん底
住所:呉市本通2丁目2-2
Tel:0823-21-7147